のついた時、渠は半分腰を浮かして、火鉢の縁に両腕を突張つて、我ながら恐ろしい形相《ぎやうさう》をして居た。額には汗さへ少し滲み出して居る。渠は平手でそれを拭つて腰を据ゑると、今迄顔が熱《ほて》つて居たものと見えて、血が頭からスウと下りて行く様な気がする。動悸も少ししてゐる。何だ、馬鹿々々しい、俺は怎して恁う時々、浅間しい馬鹿々々しい事をするだらうと、頻りに自分と云ふものが軽蔑される、…………
止度もなく、自分が浅間しく思はれて来る。限りなく浅間しいものの様に思はれて来る。顔は忽ち燻《くす》んで、喉がセラセラする程胸が苛立つ。渠は此世に於て、此自蔑の念に襲れる程厭な事はない。
と、隣室でドサリといふ物音がした。咄嗟《とつさ》の間に渠は、主婦《おかみ》が起きて来るのぢやないかと思つて、ビクリとしたが、唯寝返りをしただけと見えて、立つた気色《けはひ》もせぬ。ムニヤムニヤと少年が寝言を言ふ声がする。漸《やつ》と安心すると、動悸が高く胸に打つて居る。
処々裂けた襖、だらしなく吊下つた壁の衣服、煤ばんで雨漏の痕跡《かた》がついた天井、片隅に積んだ自分の夜具からは薄汚い古綿が喰《は》み出してる
前へ
次へ
全80ページ中60ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング