が冷えて行く様な気がする。此男は何時でも目も口も半分開けて寝てるが、俺も然《さ》うか知ら。俺は口だけ開けてるかも知れぬ、などと考へる。
 煙草に火をつけたが、怎《どう》したものか美味《うま》くない。気がつくとそれは「朝日」なので、袂を探して「敷島」の袋を出したが、モウ三本しか残つて居なかつた。馬鹿に喫んで了つたと思ふと、一本出して惜しさうに左の指で弄《いぢく》り乍ら、急いで先《せん》ののを、然も吸口まで焼ける程吸つて了つた。で、「敷島」に火をつけたが、それでも左程|美味《うま》くない。口が荒れて来たのかと思ふと、煙が眼に入る。渠は渋い顔をして、それを灰に突込んだ。
 眼を閉ぢずに寝るとは珍しい男だ、と考へ乍ら、また佐久間の顔を見た。すると、自分が、一生懸命「閉ぢろ、閉ぢろ。」と思つて居ると、佐久間は屹度アノ眼を閉ぢるに違ひないと云ふ気がする。で、下腹にウンと力を入れて、ギラギラする眼を恐ろしく大きくして、下唇を噛んで、佐久間の寝顔を睨め出した。寝息が段々|急《せは》しくなつて行く様な気がする。一分、二分、三分、……佐久間の眼は依然として瞬きもせず半分開いて居る。
 何だ馬鹿々々しいと気
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