は長火鉢の置いてある六畳間。亭主は田舎の村役場の助役をして居るので、主婦と其甥に当る十六の少年《こども》と、三人の女児《をんなのこ》とが、此室に重なり合ふ様になつて寝て居るのだが、渠は慣れて居るから、其等の顔を踏付ける事もなく、壁側《かべぎは》を伝つて奥の襖《からかみ》を開けた。
 此室《ここ》も亦六畳間で、左の隅に据ゑた小さい机の上に、赤インキやら黒インキやらで散々楽書をした紙笠の、三分心の洋燈が、螢火ほどに点つて居た。不取敢その心《しん》を捻上げると、パツと火光が発して、暗《やみ》に慣れた眼の眩しさ。天井の低い、薄汚い室の中の乱雑《だらしなさ》が一時に目に見える。ゾクゾクと寒さが背に迫るので、渠は顔を顰蹙《しか》めて、火鉢の火を啄《ほじく》つた。
 同宿の者が三人、一人は入口の横の三畳を占領してるので、渠は郵便局へ出て居る佐久間といふ若い男と共に此六畳に居るのだ。佐久間はモウ寝て居て、然も此方《こつち》へ顔を向けて眠つてるが、例の癖の、目を全然《すつかり》閉ぢずに、口も半分開けて居る。渠は、スヤスヤと眠つた安らかな其顔を眺めて、聞くともなく其寝息を聞いて居たが、何かしら怎う自分の心
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