人の目につく、けれども矢張|彼女《あれ》は俺のもんさ。末は怎でも今は俺のもんさ。彼女の挙動《やうす》はまだ男を知つて居ないらしいが、那※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《あんな》に若く見える癖に二十二だつていふから、もう男の肌に触れてるかも知れぬ。それも構はんさ。大抵の女は、表面《うはべ》こそ処女だけれども、モウ二十歳を越すと男を知つてるから喃《なあ》。…………
十時の時計を聞くと、渠は勘定を済ませて蕎麦屋から出た。休坂を上つて釧路座の横に来ると、十日程前に十軒許り焼けた火事跡に、雪の中の所々から、真黒な柱や棟木が倒れた儘に頭を擡げて居た。白い波の中を海馬《かいば》が泳いでる様に。
少し行くと、右側のトある家の窓に火光《あかり》がさして居る。渠は其|窓側《まどぎは》へ寄つて、コツコツと硝子を叩いた、白い窓掛《カーテン》に手の影が映つて半分許り曳かれると、窓の下の炬燵《こたつ》に三十五六の蒼白い女が居る。
『蝶吉さんは未だ帰らないの?』
と優しい低い声で云つた。
『え、未だ。』と女は窓外《そと》を覗いたが、『マア野村さんですか。姐さん達
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