た赤いレース糸で編んだ空財布を出して、それに銀貨を入れて、再び袂に納《しま》つた。
さてこれから怎したもんだらう? と考へたが、二三軒向うに煙草屋があるのに目を付けて、不取敢《とりあへず》行つて、「敷島」と「朝日」を一つ宛《づつ》買つて、一本|点《つ》けて出た。モ少し行くと右側の狭い小路の奥に蕎麦屋があるので、一旦其方へ足を向けたが、「イヤ、先づ竹山へ行つて話して置かう。」と考へ付いて、引返して旅館の角を曲つたが、一町半許りで四角になつて居て、左の角が例の共立病院、それについて曲ると、病院の横と向合《むかひあ》つて竹山の下宿がある。
竹山の室は街路《みち》に臨んだ二階の八畳間で、自費で据附けたと云ふ暖炉が熾んに燃えて居た。身の廻りには種々《いろいろ》の雑誌やら、夕方に着く五日前の東京新聞やら手紙やらが散らかつて居て、竹山は読みさしの厚い本に何かしら細かく赤インキで註を入れて居たが、渠は入ると直ぐ、ボーツと顔を打つ暖気《あたたかさ》に又候《またぞろ》思出した様に空腹を感じた。来客の後と見えて、支那焼の大きな菓子鉢に、マスマローと何やらが堆《うずた》かく盛つて、煙草盆の側《わき》にある
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