のが目に附く。明るい洋燈の光りと烈しい気象の輝く竹山の眼とが、何といふ事もなしに渠の心を狼狽《うろたへ》させた。
『頭痛が癒りましたか?』と竹山に云はれた時、その事はモウ全然忘れて居たので、少なからず周章《どぎまぎ》したが、それでも流石、
『ハア、頭ですか? イヤ今日は怎も失礼しました。あれから向うの共立病院へ来て一寸診て貰ひましたがねす。ナニ何でもない、酒でも飲めば癒るさツて云ふもんですから、宿へ帰つて今迄寝て来ました。主婦《おかみ》の奴が玉子酒を拵《こしら》へてくれたもんですから、それ飲んで寝たら少し汗が出ましたねす。まだ底の方が些《ちよつ》と痛みますどもねす。』と云つて、「朝日」を取出した。『少し聞込んだ事があつたんで、今廻つて探つて見ましたが、ナーニ嘘でしたねす。』
『然うかえ、でもマア悠乎《ゆつくり》寝《やす》んでれば可かつたのに、御苦労でしたな。』
『小宮といふ洋服屋がありますねす。』と云つて、野村は鋭どい眼でチラリと竹山の顔を見たが、『彼家《あそこ》で去年の暮に東京から呼んだ職人が、肋膜に罹《かか》つて遂に此間死にましたがねす。それを其、小宮の嬶が、病気してゝ稼がないので
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