なつたもんだと思つて居た。野村は、仮令《たとへ》甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《どんな》に自分に好意を持つてる人にしても、自分の過去を知つた者には顔を見られたくない経歴を持つて居た。けれども、初めて逢つた時は流石に懐しく嬉しく感じた。
野村の聞知つた所では、此社の社長の代議士が、怎《どう》した事情の下にか知れぬけれど、或実業家から金を出さして、去年の秋小樽に新聞を起した。急造《にはかづくり》の新聞だから種々《いろん》な者が集まつたので、一月経つか経たぬに社内に紛擾《さわぎ》が持上つた。社長は何方《どつち》かと云へば因循な人であるけれど、資本|主《ぬし》から迫られて、社の創業費を六百円近く着服《ちよろまか》したと云ふ主筆初め二三の者を追出して了つた。と、怎したのか知らぬが他の者まで動き出して、編輯局に唯《たつた》一人残つた。それは竹山であつたさうな。竹山は其時一週間許りも唯一人で新聞を出して見せたのが、社長に重んぜられる原因《もと》になつて、二度目の主筆が兎角竹山を邪魔にし出した時は、自分一人の為に折角の社を騒がすのは本意で無いと云つて
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