やら札幌小樽やらの新聞が幾枚も幾枚も拡げたなりに散らかつて居て、恰度野村の前にある赤インキの大きな汚染《しみ》が、新らしい机だけに、胸が苛々する程|血腥《ちなまぐさ》い厭な色に見える。主筆は別に一脚の塗机を西の左の窓際に据ゑて居た。
此新聞は、昔|貧小《ちつぽけ》な週刊であつた頃から、釧路の町と共に発達して来た長い歴史を持つて居て、今では千九百何号かに達して居る。誰やらが「新聞界の桃源」と評しただけあつて、主筆と上島と野村と、唯三人でやつて居た頃は随分|暢気《のんき》なものであつたが、遠からず紙面やら販路やらを拡張すると云ふので、社屋の新築と共に竹山主任が来た。一週間許り以前に長野と云ふ男が助手といふ名で入社《はひ》つた。竹山が来ると同時に社内の空気も紙面の体裁も一新されて、野村も上島も怠ける訳にいかなくなつた。
野村は四年程以前に竹山を知つて居た。其竹山が来ると聞いた時、アノ男が何故|恁※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《こんな》釧路あたりまで来るのかと驚いた。と同時に、云ふに云はれぬ不安が起つて、口には出さなかつたが、悪い奴が来る事に
前へ
次へ
全80ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング