はら》に居た。彼女は調剤の方に廻されて居るので。
それから渠は小野山といふ医者の室に伴れて行かれて、正宗とビールを出された。医者は日本酒を飲まぬといふので、正宗の一本は殆んど野村一人で空にした。梅野とモ一人の看護婦が来て、林檎を剥いたり、※[#「魚+昜」、84−下−11]《するめ》を焼いたりして呉れたが、小野山が院長から呼びに来て出て行くと、モ一人の方の看護婦も立つた。渠は遽かに膝を立直して腕組をしたが、※[#「りっしんべん+夢」の「夕」に代えて「目」、第4水準2−12−81]乎《ぼうつ》とした頭脳《あたま》を何かしら頻りに突つく。暫し無言で居た梅野が、「お酌しませうか。」と云つて白い手を動かした時、野村の頭脳に火の様な風が起つた。「オヤ、モウ空《から》になつててよ。」と女は瓶を倒した。野村は酔つて居たのである。
少し話したい事があるから、と渠が云つた時、女は「さうですか。」と平気な態度《やうす》で立つた。二人は人の居ない診察所に入つた。
暖炉は冷くなつて居た。うそ寒い冬の黄昏《たそがれ》が白い窓掛《カーテン》の外に迫つて居て、モウ薄暗くなりかけた室の中に、種々《いろいろ》な器械
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