右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《あんな》事を云つたらうと再《また》考へる。
渠は二時間の間此病院で過した。煙草を喫みたくなつた時、酒を飲みたくなつた時、若い女の華やいだ声を聞きたくなつた時、渠は何日でも此病院へ行く。調剤室にも、医員の室にも、煙草が常に卓子《ていぶる》の上に備へてある。渠が、横山――左の蟀谷《こめかみ》の上に二銭銅貨位な禿があつて、好んで新体詩の話などをする、二十五六のハイカラな調剤助手に強請《ねだ》つて、赤酒《せきしゆ》の一杯二杯を美味さうに飲んで居ると、屹度誰か医者が来て、私室へ伴れて行つて酒を出す。七人の看護婦の中、青ざめた看護婦長一人を除いては、皆、美しくないまでも若かつた。若くないまでも、少くとも若々しい態度《やうす》をして居た。人間の手や足を切断したり、脇腹を切開したりするのを、平気で手伝つて二の腕まで血だらけにして居る輩《やから》であるから、何れも皆男といふ者を怖れて居ない。怖れて居ない許りか、好んで敗けず劣らず無駄口を叩く。中にも梅野といふのは、一番美しくて、一番お転婆で、そして一番ハイカラで、実際は二十二だといふけれど、打見には十八位に
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