でて昇つて行く柔かな煙を見ると、モウ耐らなくなつて『何卒《どうぞ》一本。』と竹山の煙草を取つた。『咽喉も少し変だどもねす。』
『そらア良くない。大事にし給へな。何なら君、今日の材料《たね》は話して貰つて僕が書いても可いです。』
『ハア、些《ちつ》と許りですから。』
込絡《こんがら》かつた足音が聞えて、上島と長野が連立つて入つて来た。上島は平日《いつ》にない元気で、
『愈々漁業組合が出来る事になつて、明日有志者の協議会を開くさうですな。』
と云ひ乍ら、直ぐ墨を磨り出した。
『先刻《さつき》社長が見えて其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》事を云つて居た。二号|標題《みだし》で成るべく景気をつけて書いて呉れ給へ。尤も、今日は単に報道に止《とど》めて、此方《こつち》の意見は二三日待つて見て下さい。』
長野が牛の様な身体を殷懃《いんぎん》[#「殷懃《いんぎん》」はママ]に運んで机の前に出て、
『アノ商況で厶《ござ》いますな。』と揉手をする。
『ハ、野村君は今日頭痛がするさうだから僕が聞いて書きませう。』
『イヤソノ、今日は何にも材料があり
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