血が上つて顔が熱《ほと》り出して、沢山の人が自分の後に立つて笑つてる様な気がするので、自暴《やけ》に乱暴な字を、五六行息つかずに書いた。
『ぢや君、先刻《さつき》の話を一応戸川に打合せて来るから。』
と竹山に云つて、主筆は室を出て行つた。「先刻の話」と云ふ語《ことば》は熱して居る野村の頭にも明瞭《はつきり》と聞えた。支庁の戸川に打合せる話なら俺の事ぢやない。ハテそれでは何の事だらうと頭を挙げたが、何故か心が臆して竹山に聞きもしなかつた。
『君は大変顔色が悪いぢやないか。』と竹山が云つた。
『ハア、怎《どう》も頭が痛くツて。』と云つて、野村は筆を擱《お》いて立つ。
『そらア良くない。』
『書いてると頭がグルグルして来ましてねす。』
と暖炉の方へ歩き出した。大袈裟に顔を顰蹙《しか》めて右の手で後脳を抑へて見せた。
『風邪でも引いたんぢやないですか?』と鷹揚に云ひ乍ら、竹山は煙草に火をつける。
『風邪かも知れませんが、……先刻支庁から出て坂を下りる時も、妙に悪寒《さむけ》がしましてねす。余程《よつぽど》温《ぬく》い日ですけれどもねす。』と云つたが、竹山の鼻から出て頤の辺まで下つて、更に頬を撫
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