《つて》があると思つて、先づ不快を催した。自分が唯《たつた》十五円なのに、長野の服装の自分より立派なのは、若しや俺より高く雇つたのぢやないかと云ふ疑ひを惹起《ひきおこ》したが、それは翌日になつて十三円だと知れて安堵した。が、三日目から今迄野村の分担だつた商況の材料取《たねとり》と警察廻りは長野に歩かせる事になつた。竹山は、「一日《いちんち》も早く新聞の仕事に慣れる様に、」と云つて、自分より二倍も身体の大きい長野を、手酷しく小言を云つては毎日々々|使役《こきつか》ふ。校正係なら校正だけで沢山だと野村は思つた。加之《のみならず》、渠は恁※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《こんな》釧路の様な狭い所では、外交は上島と自分と二人で充分だと考へて居た。時々何も材料が無かつたと云つて、遠い所は廻らずに来る癖に。
浮世の戦ひに疲れて、一刻と雖ども安心と云ふ気持を抱いた事の無い野村は、適切《てつきり》長野を入れたのは自分を退社させる準備だと推諒した。と云ふのは、自分が時々善からぬ事をしてゐるのを、渠自身さへ稀《たま》には思返して浅間しいと思つて居たので。
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