ク顔の肉を痙攣《ひきつ》けさせて居るのは渠《かれ》の癖であつた。色のドス黒い、光沢《つや》の消えた顔は、何方かと云へば輪廓の正しい、醜くない方であるけれども、硝子玉の様にギラギラ悪光りのする大きい眼と、キリリと結ばれる事のない唇《くちびる》とが、顔全体の調和を破つて、初めて逢つた時は前科者ぢやないかと思つたと主筆の云つた如く、何様《なにさま》物凄く不気味に見える。少し前に屈《こご》んだ中背の、齢は二十九で、髯は殆んど生えないが、六七本許りも真黒なのが頤《おとがひ》に生えて五分位に延びてる時は、其人相を一層険悪にした。
渠が其地位に対する不安を抱き始めたのは遂《つひ》此頃の事で、以前《もと》郵便局に監視人とかを務めたといふ、主筆と同国生れの長野が、編輯助手として入つた日からであつた。今迄上島と二人で隔日に校正をやつて居た所へ、校正を一人入れるといふ竹山の話は嬉しかつたものの、逢つて見ると長野は三十の上を二つ三つ越した、牛の様な身体の、牛の様な顔をした、随分と不格好で気の利かない男であつたが、「私は木下さん(主筆)と同国の者で厶《ござ》いまして、」と云ふ挨拶を聞いた時、俺よりも確かな伝手
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