《あんな》時でも那※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《あんな》氣を、と思ふと其|夫《をつと》の、見るからに物凄い鬚面が目に浮ぶ。心は直ぐ飛んで、遠い遠い小坂の鑛山へ行つた。物凄い髯面許りの坑夫に交つて、十日許りも坑道の中で鑛車《トロツコ》を推した事があつた。眞黒な穴の口が見える。それは昇降機《エレヴェーター》を仕懸けた縱坑であつた。噫、俺はアノ穴を見る恐怖に耐へきれなくなつて、坑道の入口から少し上の、些と許り草があつて女郎花の咲いた所に半日寢ころんだ。母、生みの母、上衝《のぼせ》で眼を惡くしてる母が、アノ時甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《どんな》に戀しくなつかしく思はれたらう! 母の額には大きな痍があつた。然うだ、父親が醉拂つて丼を投げた時、母は左の手で……血だらけになつた母の額が目の前に……。
ハッとして目を開いた野村は、微かな動悸を胸に覺えて、墨磨る手が動かなくなつて居た。母! と云ふ考へが又浮ぶ。母が親ら書く平假名の、然も、二度三度繰返して推諒しなければ解らぬ手紙! 此間返事をやつた時は、馬鹿に景
前へ
次へ
全78ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング