『函館の新聞に居た男です。』
『ハア。』と聞えぬ程低く云つたが、霎時《しばらく》して又、『二面の方ですか、三面の方ですか?』
『何方もやる男です。筆も兎に角立つし、外交も仲々拔目のない方だし……。』
『ハア。』と又低い聲。『で、今後《これから》は?』
『サア、それは未だ決めてないんだが、僕の考へぢやマア、遊軍と云つた樣な所が可いかと思つてるがね。』
 渠は心が頻りに苛々《いら/\》してるけれど、竹山の存外平氣な物言ひに取つて掛る機會がないのだ。一分許り話は斷えた。
『アノ、』と渠は再び顏をあげた。『ですけれども、アノ方が來たから私に用がなくなつたんぢやないですかねす?』
『甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》譯は無いでせう。僕はまだ、モ一人位入れようかと思つてる位だ。』
『ハ?』と野村は、飮込めぬと云つた樣な眼附きをする。
『僕は、五月の總選擧以前に六頁に擴張しようと考へてるんだが、社長初め、別段不賛成が無い樣だ。過般《こなひだ》見積書も作つて見たんだがね、六頁にして、帶廣のアノ新聞を買つて了つて、釧路十勝二ケ國を勢力範圍にしようと云ふん
前へ 次へ
全78ページ中74ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング