を見ながら、顫ひを帶びて怖々《おづ/\》した聲で。
 竹山は何氣なく顏を上げた。
『アノ!、一寸應接室へ行つて頂く譯に、まゐりませんでせうかねす?』
『え? 何か用ですか、祕密の?』
『ハア、其、一寸其……。』と目を落す。
『此室《こゝ》にも誰も居ないが。』
『若し[#「若し」は、底本では「苦し」]誰か入つて來ると……。』
『然うですか。』と竹山は立つた。
 入口で竹山を先に出して、後に跟《つ》いて狹い廊下を三歩か四歩、應接室に入ると、渠は靜かに扉《ドア》を閉めた。
 割合に廣くて、火の氣一つ無い空氣が水の樣だ。壁も天井も純白で、眞夜中に吸込んだ寒さが、指で壓してもスウと腹まで傳りさうに冷たく見える。青唐草の被帛《おほひ》をかけた圓卓子《まるテーブル》が中央に、窓寄りの煖爐《ストーブ》の周圍には、皮張りの椅子が三四脚。
 竹山は先づ腰を下した。渠は卓子《テーブル》に左の手をかけて、立つた儘|霎時《しばらく》火の無い煖爐《ストーブ》を見て居たが、
『甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《どんな》事件です?』
と竹山に訊かれると、忽ち目を自分の足下に落
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