若い時分には隨分やつたもので、私の縣で自由民權の論を唱導し出したのは、全くアノ男と何とか云ふモ一人の男なんです。學問があり演説は巧いし、剩《おまけ》に金があると來てるから、宛然《まるで》火の玉の樣に轉げ歩いて、熱心な遊説をやつたもんだが、七八萬の財産が國會開會以前に一文も無くなつたとか云ふ事だつた。』
『全く惜しい人です喃《なあ》、函館みたいな俗界に置くには。』と田川は至極感に打たれたと云ふ口吻《くちぶり》。
 野村は到頭|恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》話に耐へ切れなくなつて、其室を出た。事務室を下りて煖爐《ストーブ》にあたると、受附の廣田が「貴方新しい足袋だ喃。俺ンのもモウ恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]になつた。」と自分の破れた足袋を撫でた。工場にも行つて見た。活字を選り分ける女工の手の敏捷さを、解版臺の傍に立つて見惚れて居ると、「貴方は氣が多い方ですな。」と職長の筒井に背を叩かれた。文選の小僧共はまだ原稿が下りないので、阿彌陀鬮《あみだくぢ》をやつてお菓子を買はうと云う相談をして居て、
前へ 次へ
全78ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング