聲が耳に入つた。
『ハア、支廳長ですか? ハア居まし……一番で行きました。』
『今朝の一番汽車か?』
『ハア、札幌の道廳へ行きましたねす。』と急がしく手帳を見て、『一番で立ちました。』
『札幌は解つてるが、……戸川課長は居るだらう?』
『ハア居ります。』
野村は我乍ら可笑しい程狼狽へたと思ふと、赫と血が上つて顏が熱《ほて》り出して、澤山の人が自分の後に立つて笑つてる樣な氣がするので、自暴《やけ》に亂暴な字を五六行息つかずに書いた。
『じゃ君、先刻の話を一應戸川に打合せて來るから。』
と竹山に云つて、主筆は出て行つた。「先刻の話」と云ふ語は熱して居る野村の頭にも明瞭《はつきり》と聞えた。支廳の戸川に打合せる話なら俺の事ぢやない。ハテそれでは何の事だらうと頭を擧げたが、何故か心が臆して竹山に聞きもしなかつた。
『君は大變顏色が惡いぢやないか。』と竹山が云つた。
『ハア、怎《どう》も頭が痛くツて。』と云つて、野村は筆を擱《お》いて立つ。
『そらア良くない。』
『書いてると頭がグルグルして來ましてねす。』と煖爐《ストーブ》の方へ歩き出して、大袈裟に顏を顰蹙《しか》めて右の手で後腦を押へて見せ
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