日に校正をやつて居た所へ、校正を一人入れるといふ竹山の話は嬉しかつたものの、逢つて見ると長野は三十の上を二つ三つ越した、牛の樣な身體の、牛の樣な顏をした、隨分と不恰好で氣の利かない男であつたが、「私は木下さん(主筆)と同國の者で厶いまして、」と云ふ挨拶を聞いた時、俺よりも確かな傳手《つて》があると思つて、先づ不快を催した。自分が唯十五圓なのに、長野の服裝の自分より立派なのは、若しや俺より高く雇つたのぢやないかと云ふ疑ひを惹起したが、それは翌日になつて十三圓だと知れて安堵した。が、三日目から今迄野村の分擔だつた商況の材料取と警察※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りは長野に歩かせることになつた。竹山は、「一日も早く新聞の仕事に慣れる樣に。」と云つて、自分より二倍も身體の大きい長野を、手酷しく小言を云つては毎日々々|使役《こきつか》ふ。校正係なら校正だけで澤山だと野村は思つた。加之《のみならず》、渠は恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》釧路の樣な狹い所では、外交は上島と自分と二人で十分だと考へて居た。時々何も材料が無かつたと云つ
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