た大島染の袷を着た、モ一人の男は、両手を枕に、足は海の方へ投げ出して、不作法にも二人の中央《まんなか》に仰向になツて臥て居る。
 千里万里の沖から吹いて来て、この、扮装《なり》も違へば姿態《ふり》も違ふ三人を、皆一様に吹きつける海の風には、色もなければ、心もない。風は風で、勝手に吹く。人間は人間で、勝手なことを考へる。同じ人間で、風に吹かれ乍ら、三人は又三人で、勝手な所を見て勝手なことを考へて居る。
 仰向の男は、空一面に彌漫《はびこ》つて動かぬ灰雲の真中を、黙つて瞶《みつ》[#ルビの「みつ」は底本では「みつめ」]めて居る。螽の如く蹲んだ男は、平たい顔を俯向《うつむ》けて、右手《みぎ》の食指《ひとさし》で砂の上に字を書いて居る――「忠志《ただし》」と書いて居る。書いては消し、消しては復《また》同じ字を書いて居る。忠志といふのは此男の名である。何遍も消しては、何遍も書く。用の少い官吏とか会社員とかが、仕様事なしの暇つぶしに、よく行《や》る奴で、恁※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》事をする男は、大抵弾力のない思想を有《も》ツて居るものだ
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