−87]。……。』
『一人よりは二人、二人よりは三人、三人よりは四人、噫《ああ》。』と、肇さんは順々に指を伏せて見たが、
『君。』と強く謂ツて、其手でザクリと砂を攫んだ。『僕も泣くことがあるよ。』と声を落す。
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]。』
『夜の九時に青森に着いて、直ぐ船に乗ツたが、翌朝《よくあさ》でなけれや立たんといふ。僕は一人甲板に寝て、厭な一夜《ひとよ》を明かしたよ。』
『……………………。』
『感慨無量だツたね。……真黒な雲の間から時々|片破月《かたわれづき》の顔を出すのが、恰度やつれた母の顔の様ぢやないか。……母を思へば今でも泣きたくなるが。……終《しまひ》にや山も川も人間の顔もゴチヤ交ぜになつて、胸の中が宛然《まるで》、火事と洪水と一緒になツた様だ。……僕は一晩泣いたよ、枕にして居た帆綱の束に噛りついて泣いたよ。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]』
『海の水は黒かツた。』
『黒かツたか。噫。黒かツたか。』と謂つて、楠野君は大きい涙を砂に落した。『それや不可《いかん》。止せ、後藤君。自殺は弱い奴等のする事《こつ》た。……死ぬまで行《や》れ。否
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