向いて居て、暫し黙して居たが、
『ストライキか。アハハヽヽヽ。』と突然大きな声を出して笑ツた。大きな声ではあツたが、然し何処か淋しい声であツた。
『昨夜《ゆうべ》君が帰ツてから、僕は怎《どう》しても眠れなかツた。』と楠野君の声は沈む。『一体村民の中に、一人でも君の心を解してる奴があツたのかい。』
『不思議にも唯一人、君に話した役場の老助役よ。』
『血あり涙あるを口癖にいふ老壮士か。』
『然《さう》だ。僕が四月の初めに辞表を出した時、村教育の前途を奈何《いかん》と謂ツて、涙を揮ツて留めたのも彼、それならばといツて僕の提出した条件に、先づ第一に賛成したのも彼。其条件が遂に行はれずして、僕が最後の通告を諸方へ飛ばし、自ら令を下して全校の生徒を休学せしめた時から、予定の如く免職になり、飄然として故郷の山河を後にした時まで、始終僕の心を解して居てくれたのは、実に唯彼の老助役一人だツたのだ。所謂知己だね。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》、それや知己だね。……知己には知己だが、唯一人の知己だね。』
『怎《どう》して二人と無いもんだらう。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14
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