を銀の歯車の様にグルグルと捲いて、ザザーツと怒鳴り散らして颯と退《ひ》く。退いた跡には、シーツと音して、潮の気《け》がえならぬ強い薫を撒く。

     二

 程経てから、『折角の日曜だツたのに……』と口の中で呟いて、忠志君は時計を出して見た。『兎に角僕はお先に失敬します。』と、楠野君の顔色を覗ひ乍ら、インバネスの砂を払ツて立つ。
 対手は唯『然《さう》ですか。』と謂ツただけで、別に引留めやうともせぬので、彼は聊か心を安んじたらしく、曇ツて日の見えぬ空を一寸|背身《そりみ》になツて見乍ら、『もう彼是十二時にも近いし、それに今朝|父親《おやぢ》が然《さう》言ツてましたから、先刻《さつき》話した校長の所へ、これから廻ツて見ようかと思《おもふ》んです。尤も恁《かう》いふ都会では、女なら随分資格の無い者も用《つか》ツてる様だけれど、男の代用教員なんか可成《なるべく》採用しない方針らしいですから、果して肇さんが其方へ入るに可《いい》か怎《どう》か、そら解りませんがね。然し大抵なら那《あ》の校長は此方《こつち》のいふ通りに都合してくれますよ。謂ツちや変だけれど、僕の父親《おやぢ》とは金銭上の関係
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