》してから、忠志君が横向いて云ツた。
『「仕様が無い」とは仕様が無い。それこそ仕様が無いぢやないか。』
『だツて、実際仕様が無いから喃《なあ》。』
『然し君は大分苦い顔をして居るぜ。一体その顔は不可《いけない》よ。笑ふなら腸《はらわた》まで見える様に口をあかなくちや不可《いかん》。怒るなら男らしく真赤になツて怒るさ。そんな顔付は側《はた》で見てるさへ気の毒だ。そら、そら、段々苦くなツてくる。宛然《まるで》洋盃《コツプ》に一昨日《をととひ》注いだビールの様だ。仕様のない顔だよ。』
『馬鹿な。君は怎《どう》[#「怎《どう》」は底本では「恁《どう》」]も、実際仕様がない。』
『復「仕様がない」か。アハヽヽヽ。仕様がない喃《なあ》。』
 話が間断《とぎ》れると、ザザーツといふ浪の音が、急に高くなる。楠野君は、二人の諍《あらそ》ひを聞くでもなく、聞かぬでもなく、横になツた儘で、紙莨を吹かし乍ら、浪の穂頭を見渡して居る。鼻から出る煙は、一寸許りのところで、チヨイと渦を巻いて、忽ち海風に散ツてゆく。浪は相不変、活動写真の舞踏《ダンス》の歩調《あしどり》で、重《かさな》り重り沖から寄せて来ては、雪の舌
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