《びつくり》して「竿持ツて来るのは止めるから、早く降りて呉れ、旦那でも来れあ俺が叱られるから。」と云ふ。「そんなら降りてやるが、降りてから竿なんぞ持ツて来るなら、石打付けてやるぞ。」ツて僕はズルズル辷り落ちた。そして、投げつけた林檎の大きいのを五つ六つ拾ツて、出て来て見ると誰も居ないんだ。何処まで逃げたんだか、馬鹿な奴等だと思ツて、僕は一人でそれを食ツたよ。実に美味《うま》かツたね。』
『二十三で未だ其気なんだから困ツ了《ちま》うよ。』
『其晩、窃《そつ》と一人で大きい笊《ざる》を持ツて行ツて、三十許り盗んで来て、僕に三つ呉れたのは、あれあ誰だツたらう、忠志君。』
 忠志君は、苦い顔をして横を向く。
『尤も、忠志君の遣方《やりかた》の方が理屈に合ツてると僕は思ふ。窃盗《ぬすみ》と云ふものは、由来暗い所で隠密《こつそり》やるべきものなんだからね。アハヽヽヽ。』
『馬鹿な事を。』
『だから僕は思ふ。今の社会は鼠賊《そぞく》の寄合で道徳とかいふものは其鼠賊共が、暗中の隠密《こつそり》主義を保持してゆく為めの規約だ。鼠賊をして鼠賊以上の行為なからしめんが為めには法律といふ網がある。滑稽極まるさ
前へ 次へ
全33ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング