だからさ、僕の従兄弟に君の様な人があるとは、実に不思議だね。』
『僕は君よりズツト以前《まへ》からさう思つて居た。』
『実際不思議だよ。………………』
『天下の奇蹟だね。』と嘴《くちばし》を容れて、古洋服の楠野君は横になツた。横になツて、砂についた片肱の、掌《たなごころ》の上に頭を載せて、寄せくる浪の穂頭を、ズツト斜めに見渡すと、其起伏の様が又一段と面白い。頭を出したり隠したり、活動写真で見る舞踏《ダンス》の歩調《あしどり》の様に追ひ越されたり、追越したり、段々近づいて来て、今にも我が身を洗ふかと思へば、牛の背に似た碧《みどり》の小山の頂が、ツイと一列《ひとつら》の皺を作ツて、真白の雪の舌が出る。出たかと見ると、其舌がザザーツといふ響きと共に崩れ出して、磯を目がけて凄まじく、白銀《しろがね》の歯車を捲いて押寄せる。警破《すは》やと思ふ束の間に、逃足立てる暇もなく、敵は見ン事|颯《さつ》と退《ひ》く。退いた跡には、砂の目から吹く潮の気が、シーツと清《すず》しい音《ね》を立てて、えならぬ強い薫を撒く。
『一体肇さんと、僕とは小児《こども》の時分から合はなかツたよ。』と忠志君は復《また》不快
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