さうに言つて、又|俯臥《うつぷ》した。
定老爺は、暫く凝《ぢつ》と此女乞食を見てゐたが、『村まで行つたら可《よ》がべえ。醫者樣もあるし巡査も居るだア。』と言捨てゝ、ガタ/\荷馬車を追つて行つて了つた。
私共は、ズラリと女の前に立披《たちはだか》つて見てゐた。稍あつてから、豐吉が傍に立つてゐる萬太郎といふのの肩を叩いて、『汚ねえ乞食《ほいど》だでア喃。首玉ア眞黒だ。』
草の中の赤兒が、怪訝《けげん》相《さう》な顏をして、四這《よつばひ》になつた儘私共を見た。女はビクとも動かぬ。
それを見た豐吉は、遽に元氣の好い聲を出して、『死んだどウ、此|乞食《ほいど》ア。』と言ひながら、一掴みの草を採つて女の上に投げた。『草かけて埋めてやるべえ。』
すると、皆も口々に言罵つて、豐吉のした通りに草を投げ始めた。私は一人遠くに離れてゐる樣な心地でそれを見てゐた。
と、赤兒が稍大きい聲で泣き出した。女は草から顏を擡《もた》げた。
『やあ、生きだ/\。また生きだでア。』と喚《わめ》きながら、皆は豐吉を先立てゝ村の方に遁げ出した。私は怎《どう》したものか足が動かなかつた。
醜い乞食の女は、流れた血を拭かうともせず、どんよりとした疲勞の眼を怨し氣に※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つて、唯一人殘つた私の顏を凝《じつ》と瞶《みつ》めた。私も瞶めた。其、埃と汗に塗れた顏を、傾きかけた夏の日が、強烈な光を投げて憚りもなく照らした。頬に流れて頸から胸に落ちた一筋の血が、いと生々しく目を射つた。
私は、目が眩《くるめ》いて四邊《あたり》が暗くなる樣な氣がすると、忽ち、いふべからざる寒さが體中を戰《をのゝ》かせた。皆から三十間も遲れて、私も村の方に駈け出した。
然し私は、怎《どう》したものか駈けて行く子供等に追つかうとしなかつた。そして、二十間も駈けると、立止まつて後を振返つた。乞食の女は、二尺の夏草に隱れて見えぬ。更に豐吉等の方を見ると、もう乞食の事は忘れたのか、聲高に「吾は官軍」を歌つて駈けてゐた。
私は其時、妙な心地を抱いてトボ/\と歩き出した。小さい胸の中では、心にちらつく血の顏の幻を追ひながら、「先生は不具者《かたは》や乞食に惡口を利《き》いては可《いけ》ないと言つたのに、豐吉は那※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《あんな
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