して、體を捻つて智惠子に向ひ合つて、『後で靜子さんから承つたんですが、貴女は日向さんと被仰《おつしや》るんですね?』
『は、左樣で御座います。』
『何れお目に懸る機會も有るだらうと思つてましたが、僕は吉野と申します。小川に居候に參つたんで。』
『お噂は、豫て靜子さんから承つて居りました。』
『來たよう。』と驛夫が向側で叫んだので、二人共目を轉じて線路の末を眺めると、遠く機關車の前部が見えて、何やらキラ/\と日に光る。
『今日は何處《どちら》まで?』
『盛岡までゝ御座います。』
『成程、學校は明日から休暇なさうですね。何ですか、お家は盛岡で?』
『否《いゝえ》。』と智惠子は愼しげに男の顏を見た。『學校に居りました頃からの同級會が、明後日大澤の温泉に開かれますので、それであの、盛岡のお友達をお誘ひする約束が御座いまして。』
『然うですか。それはお樂しみで御座いませう。』と鷹揚に微笑を浮べた。
『貴方は何處《どちら》へ?』
『矢張りその盛岡までゝす。』
 吉野は不圖、自分が平生《いつ》になく流暢に喋つてゐたことに氣が附いた。
 列車が着くと、これは青森上野間の直行なので車内は大分込んでゐる。
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