四時幾分と聞いた發車時刻にもう間がない。急いで盛岡行の赤切符を買つて改札口へ出ると、
『向側からお乘りなさい。』
と教へ乍ら背の低い驛夫が鋏を入れる。チラと其時、向側のプラットホームに葡萄茶《えびちや》の袴を穿いた若い女の立つてゐるのが目についた。それは日向智惠子であつた。
智惠子の方でも其時は氣が附いて居たが、三四日前に橋の上で逢つた限り、名も知り顏も知れど、口一つ利いたではなし、さればと言つて、乘客と言つては自分と其男と唯二人、隱るべき樣もないので、素知らぬ振も爲難い。夏中逗留するといへば、怎うせ又顏を合せなければならぬのだ。
それで、吉野が線路を横切つて來るのを待つて、少し顏を染め乍ら輕くS卷の頭を下げて會釋した。
『や、意外な處でお目に懸ります。』と餘り偶然な邂逅を吉野も少し驚いたらしい。
『先日は失禮致しました。』
『怎うしまして、私こそ……。』と、脱《と》つた帽子の飾紐《リボン》に切符を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き拔けている、第4水準2−13−28]みながら、『フム、小川の所謂|近世的婦人《モダーンウーマン》が此|女《ひと》なのだ!』と心に思《おも》つた。
そ
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