角優れぬ勝の、口小言のみ喧《やかま》しいのへ、信吾は信吾で朝晩の惣菜まで、故障を言ふ性《たち》だから、人手の多い家庭ではあるが、靜子は矢張一日何かしら用に追はれてゐる。それも一つの張合になつて、兄が歸つてからというふもの、靜子はクヨ/\物を思ふ心の暇もなかつた。
一體この家庭には妙な空氣が籠つてゐる。隱居の勘解由《かげゆ》はもう六十の阪を越して體も弱つてゐるが、小心な、一時間も空《むだ》には過されぬと言つた性《たち》なので、小作に任せぬ家の周圍の菜園から桑畑林檎畑の手入、皆自分が手づから指揮して、朝から晩まで戸外に居るが、その後妻のお兼とお柳との仲が兎角面白くないので、同じ家に居ながらも、信之親子と祖父母や其子等(信之には兄弟なのだが)とは、宛然《さながら》他人の樣に疎々《うと/\》しい。一家顏を合せるのは食事の時だけなのだ。
それに父の信之は、村方の肝煎《きもいり》から諸附合、家にゐることとては夜だけなのだ。從つて、癇癪持のお柳が一家の權を握つて、其一|顰《ぴん》一|笑《せう》が家の中を明るくし又暗くする。見やう見まねで靜子の二人の妹――十三の春子に十一の芳子、まだ七歳にしかなら
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