藤と結婚した事について、少からず兄に同情してゐる。今度歸つて來て、毎日來る加藤と顏を合せるのも、兄は甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]に不愉快な思ひをするだらう、などとまで狹い女心に心配もしてゐた。そして、何かしらそれに關した事を言出されるかと、宛然《さながら》自分の持つてゐる鋭い刄物に對手が手を出すのを、ハラ/\して見てゐる樣な氣がしてゐたが、信吾の言葉は、故意かは知れないが餘りに平氣だ、餘りに冷淡だ。今迄の心配は杞憂《きいう》に過ぎなかつた樣にも思ふ。又、兄は自ら僞つてるのだとも思ふ。そして、心の底の何處かでは、信吾がモウ清子の事を深く心にとめても居ないらしい口吻を、何となく不滿に感じられる。その素振を見て取つて、信吾は亦自分の心を妹に勝手に忖度されてる樣な氣がして、これも默つて了つた。
 二人は並んで歩いた。蒸す樣な草いきれと、乾いた線路の土砂の反射する日光とで、額は何時しか汗ばんだ。靜子の顏は、先刻《さつき》の怡々《いそ/\》した光が消えて、妙に眞面目に引緊《ひきしま》つてゐた。妹共はもう五六町も先方《さき》を歩いてゐる。十間許り前
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