を行く松藏の後姿は、荷が重くて屈んでるから、大きい鞄に足がついた樣だ。
稍あつてから信吾は、『あの問題は、一體|奈何《どう》なつてるんだい?』と妹を見返つた。
『あの問題ツて、……松原の方?』と兄の顏を仰ぐ。
『あゝ。餘程切迫してるのかい?』
『さうぢや無いんですれど[#「ですれど」はママ]……。』
『手紙の樣子ぢや然う見えたんだが。』
『さうぢや無いんですけど。』と繰返して、『怎《どう》せ貴兄《あなた》の居る間に、何とか決《き》めなけやならない事よ。』
『然うか、それで未だ先方には何とも返事してないんだね?』
『えゝ。兄樣の歸つてらしやるのを待つてたんだわ。』
信吾は少し言ひ淀んで、『昨日|發《た》つ時にね、松原君が上野まで見送りに來て呉れたんだ……。』
靜子は默つて兄の顏を見た。松原政治といふのは、近衞の騎兵中尉で、今は乘馬學校の生徒、靜子の縁談の對手なのだ。
四
『發《た》つ四五日前にも、』と信吾は言葉を次いだ。『突然|訪《や》つて來て大分|夜更《よふけ》まで遊んで行つた。今度の問題に就いちや別段話もなかつたが、(俺も二十七ですからねえ。)なんて言つてゐたつ
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