ぐに、
『だが何か服藥はしてるだらうね?』
『えゝ。……加藤さんが毎日來て診《み》て下さるのよ。』
『然うか。』と言つて、また態とらしく、『然うか、加藤といふ醫師があつたんだな。』
靜子はチラリと兄の顏を見た。
『醫師が毎日來る樣ぢや、餘り輕いんでもないんだね?』
『然うぢやないのよ。加藤さんは交際家なんですもの。』
『フム、交際家か!』と短い髭を捻つて、
『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]風ぢや相應に繁昌《はや》つてるんだらう?』
『えゝ、宅の方へ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]診に來る時は、大抵自轉車よ。でなけや馬に乘つて來るわ。』
『ほう、景氣をつけたもんだな。そして何か、もう子供が生れたのか?』
『……まだよ。』と低い聲で答へて目を落した。
『それぢや清子さんも暇があつて可いんだらう。』
『えゝ。』
『女は子供を有つと、もう最後だからな。』
靜子は妙にトチッて、其儘口を噤《つぐ》んで了つた。人は長く別れてゐると、その別れてゐた月日の事は勘定に入れないで、お互ひにまだ別れなかつた時の事を基礎に想像する。靜子は、清子が加
前へ
次へ
全201ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング