と、信吾は智惠子と相並んだ。
『奈何《どう》です、此靜かな夜の感想は?』
『眞箇《ほんと》に靜かで御座いますねえ。』と、少し間《ま》をおいて智惠子は答へる。
『貴女は何でせう、歌留多なんか餘りお好きぢやないでせう?』
『でもないんで御座いますけれど……然し今夜は、眞箇《ほんと》に樂しう御座いました。』と遠慮勝に男を仰いだ。
『ハハヽヽ。』と笑つて信吾は杖の尖でコツ/\石を叩《たゝ》き乍ら歩いたが、
『何ですね。貴女は基督教信者《クリスチャン》で?』
『ハ。』と低い聲で答へる。
『何か其方の本を貸して下さいませんか? 今迄つい宗教の事は、調べて見る機會も時間もなかつたんですが、此夏は少し遣つて見ようかと思ふんです。幸ひ貴女の御意見も聞かれるし……。』
『御覽になる樣な本なんぞ……あの、私こそ此夏は、靜子さんにでもお願ひして頂いて、何か拜借して勉強したいと思ひまして……。』
『否《いや》、別に面白い本も持つて來ないんですが、御覽になるなら何時でも……。すると何ですか、此夏は何處にも被行《いらつしや》らないんですか?』
『え。まあ其積りで……。』
 路は小さい杜に入つて、月光を遮つた青
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