の樣にはして下さらないのね?』
『ですけれど先生、今もあのお祖母さんが、先生の樣な人は何處に行つても無いと申しまして……。』
と、流石は世慣れた齡《とし》だけに厚く禮を述べる。
『辛いわ、私!』と智惠子は言つた。
『何も私なんかに然《さ》う被仰《おつしや》る事はなくてよ、小母さんの樣に立派な心掛を有つてる人は、神樣が助けて下さるわ。』
『眞箇《ほんと》に先生、生きた神樣つたら先生の樣な人かと思ひまして。』
『まあ!』と心から驚いた樣な聲を出して、智惠子は涼しい眼を瞠《みは》つた。『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]事《そんなこと》被仰《おつしやる》るもんぢやないわ。』
『は。』と言つてお利代は俯いた。今の言葉を若しやお世辭とでも取られたかと思つたのだらう。手は無意識に先刻の手紙に行く。
『あら小母さん、お手紙御覽なさいよ。何處から?』
『は。』と目を上げて、『凾館からですの。……あの梅の父から。』と心持極り惡氣に言ふ。
『ま、然う?』と輕く言つたが、惡い事を訊いたと心で悔《くや》んだ。
『あの、先月……十日許り前にも來たのを、返事を遣らなか
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