いか! それを考へると俺は、夜寢てゝもバイロンの顏が……』と景氣づいて喋《しやべ》つてゐた昌作は、信吾の顏を見ると神經的に太い眉毛を動かして、『實に偉い!』と俄かに言葉を遁がした。そして可厭《いや》な顏をして、口を噤んだ。
信吾はニヤ/\笑ひ乍ら入つて來て、無造作に片膝を附く。と見ると山内は喰かけの麥煎餅の遣場に困つた樣に臆病らしくモヂ/\して、顏を赧めて頭を下げた。
『貴方は山内さんですね?』と信吾は鷹揚に見下す。
『ハ。』と又頭を下げて、其拍子に昌作の方をチラと偸視《ぬす》む。
『何です、昌作さん? 大分氣焔の樣だね。バイロンが怎《ど》うしたんです?』と信吾は矢張ニヤ/\して言ふ。
『怎うもしない。』と、昌作は不愉快な調子で答へた。
『怎うもしない? ハヽヽ。何ですか、貴方もバイロンの崇拜者で?』と山内を見る。
『ハ、否《いゝえ》。』と喉《のど》が塞《つま》つた樣に言つて、山内は其|狡《ずる》さうな眼を一層狡さうに光らして、短かい髭を捻つてゐる信吾の顏をちらと見た。
『然《さ》うですか。だが何だね、バイロンは最《も》う古いんでさ。あんなのは今ぢや最う古典《クラシック》になつてるん
前へ
次へ
全201ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング