受けて、室一杯に莨の煙が蒸した。
 信吾が入つて來た時、昌作は、窓側の机の下に毛だらけの長い脛を投げ入れて、無態《ぶざま》に頬杖をついて熱心に喋《しやべ》つてゐた。
 山内謙三は、チョコナンと人形の樣に坐つて、時々死んだ樣に力のない咳《せき》をし乍ら、狡《ずる》さうな眼を輝かして温《おと》なしく聞いてゐる。萎《な》えた白絣の襟を堅く合せて、柄に合はぬ縮緬の大幅の兵子帶を、小さい體に幾※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りも捲いた、狹い額には汗が滲んでゐる。
 二人共、この春徴兵檢査を受けたのだが、五尺足らずの山内は誰が目にも十七八にしか見えない。それでゐて何處か擧動が老人染みてもゐる。昌作の方は、背の高い割に肉が削《こ》けて、漆黒な髮を態とモヂャ/\長くしてるのと、度の弱い鐵縁の眼鏡を掛けてるのとで二十四五にも見える。
『……然《さ》うぢやないか、山内さん。俺はあの時、奈何《どう》してもバイロンを死なしたくなかつた。彼にして死なずんばだな。山内さん、甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》偉《えら》い事をして呉れたか知れないぢやな
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