氣の話をする。
 開放した次の間では、靜子が茶棚から葉鐵《ぶりき》の鑵を取出して、麥煎餅か何か盆に盛つてゐたが、それを持つて彼方へ行かうとする。
『靜や、何處へ?』とお柳が此方から小聲に呼止めた。
『昌作《をぢ》さん許《とこ》へ。』と振返つた靜子は、立ち乍ら母の顏を見る。
『誰が來てるんだい?』と言ふ調子は低いながらに譴《たしな》める樣に鋭かつた。

      二

『山内樣よ。』と、靜子は温《おと》なしく答へて心持顏を曇らせる。
『然うかい。三尺さんかい!』とお柳は蔑《さげす》む色を見せたが、流石に客の前を憚つて、『ホホホヽ。』と笑つた。[#「。」は底本では「、」]
『昌作さんの背高《のつぽ》に山内さんの三尺ぢや釣合はないやね。』
『昌作さんにお客?』と信吾は母の顏を見る。其間に靜子は彼方の室へ行つた。
『然《さ》うだとさ。山内さんて、登記所のお雇さんでね、月給が六圓だとさ。何で御座いますね。』と加藤の顏を見て、『然う言つちや何ですけれど、那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》小さい人も滅多にありませんねえ、家ぢや子供らが、誰が教
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