計量器《メートルグラス》で計つてゐた。
『や、小川さんですか。』と計量器を持つた儘で、『さ何卒《どうぞ》お上り下さいまし。』と無理に擬《ま》ねた樣な訛言《なまり》を使つた。
 そして『姉樣《ねえさん》、姉樣。』と聲高く呼んで、『兄もモウ歸る時分ですから。』
『ハ、有難う。妹は參つてゐませんですか?』
 其處へ横合ひの襖が開いて清子が出て來た。信吾を見ると、『呀《あ》。』と抑へた樣な聲を出して、膝をついて、『ようこそ。』と言ふも口の中。信吾はそれに挨拶をし乍らも、頭を下げた清子の耳の、薔薇の如く紅きを見のがさなかつた。
『さ何卒《どうぞ》。靜さんも待つてらつしやいますから。』
『否《いや》、然《さ》うしては……。』と言はうとしたのを止して、信吾は下駄を脱いだ。處女らしい清子の擧動が、信吾の心に或る皮肉な好奇心を起さしめたのだ。

      五

 二十分許り經つて、信吾兄妹は加藤醫院を出た。
 一筋町を北へ、一町許り行くと、傾き合つた汚ならしい、家と家の間から、家路を左へ入る、路は此處から、水車場の前の小橋を渡つて、小高い廣い麥畑を過ぎて、阪を下りて、北上川に架けられた、鶴飼橋といふ吊
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