さんに融通してやる位の小金は何日でも持つてゐると言ふ。
 街路は八分通り蔭つて、高聲に笑ひ交してゆく二人の、肩から横顏を明々《あか/\》と照す傾いた日もモウ左程暑くない。
『だが何だ、神山さんは何日見ても若いですね。』と揶揄《からか》ふ樣に甘つたるく舌を使つて、信吾は笑ひながら女を見下した。
『奢《おご》りませんよ。』と言ふ富江の聲は訛《なま》つてゐる。『ホヽヽ、いくら髭を生やしたつて其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》年老《としと》つた口は利くもんぢやありませんよ。』
『呀《おや》、また髭を……。』
『寄つてらつしやい。』と富江は俄かに足を留めた。何時しか己が宿の前まで來たのだ。
『次にしませう。』
『何故? モウ虐《いぢ》めませんよ。』
『御馳走しますか?』
『しますとも……。』
と言つてる所へ、家の中から四十五六の汚らしい裝《なり》をした、内儀《かみ》さんが出て來て、信吾が先刻寄つて呉れた禮を諄々《くど/\》と述べて、夫もモウ歸る時分だから是非上れと言ふ。夫の金藏といふ此家の主人は、二十年も前から村役場の書記を勤めてゐるのだ。
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