》らしく笑ふ。よく物を言ふ眼が間斷なく働いて、解けば手に餘る程の髮は黒い。天賦か職業柄か、時には二十八といふ齡に似合はぬ若々しい擧動も見せる。一つには未だ子を持たぬ爲でもあらう。
 富江には夫がある。これも盛岡で學校教師をしてゐるが、人の噂では二度目の夫だとも言ふ。それが頗る妙で、富江が此村に來てからの三年の間、正月を除いては、農繁の休暇にも暑中の休暇にも、盛岡に歸らうとしない。それを怪んで訊ねると、
『何有《なあに》、私なんかモウお婆さんで、夫の側に喰附いてゐたい齡《とし》でもありません。』と笑つてゐる。對手によつては、女教師の口から言ふべきでない事まで平氣で言つて、恥づるでもなく冗談にして了ふ。
 村の人達は、富江を淡白な、さばけた、面白い女として心置なく待遇《あしら》つてゐる。殊にも小川の母――お柳にはお氣に入りで、よく其家にも出入する。其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]事から、この町に唯一軒の小川家の親戚といふ、立花といふ家に半自炊の樣にして泊つてゐるのだ。服裝を飾るでもなく、本を讀むでもない。盛岡には一文も送らぬさうで、近所の内儀
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