、今日初めて逢つた信吾の顏が心に浮んだ。……
丁度此時、信吾は學校の門から出て來た。
三
長過ぎる程の紺絣の單衣に、輕やかな絹の兵子帶、丈高い體を少し反身《そりみ》に何やら勢ひづいて學校の門を出て來た信吾の背後《うしろ》から、
『信吾さん!』と四邊《あたり》憚からぬ澄んだ聲が響いて、色褪せた紫の袴を靡かせ乍ら、一人の女が急ぎ足に追驅けて來た。
『呀《おや》!』と振返つた信吾は笑顏を作つて、『貴女もモウ歸るんですか?』
『ハ、其邊まで御同伴《ごいつしよ》。』と馴々しく言ひ乍ら、羞《はにか》む色もなく男と並んで、『マア私の方が這※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》に小さい!』
矢張女教師の神山富江といつて、女にして背の低い方ではないが、信吾と並んでは肩先までしか無い。それは一つは、葡萄《えび》色の緒の、穿き減した低い日和下駄を穿いてる爲でもある。肉の緊つた青白い細面の、醜い顏ではないが、少し反齒《そつぱ》なのを隱さうとする樣に薄い脣を窄《すぼ》めてゐる。かと思へば、些細の事にも其齒を露出《むきだし》にして淡白《きさく
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