に馬を脱《はづ》した荷馬車が片寄せてある。鷄が幾群も、其下に出つ入りつ、零《こぼ》れた米を土埃の中に漁つてゐた。會つて頭を下げる小兒等に、智惠子は一々笑ひ乍ら會釋を返して行く。
一人、煮絞めた樣な淺黄の手拭を冠つて、赤兒を背負つた十一二の女の兒が、とある家の軒下に立つて妹らしいのと遊んでゐたが、智惠子を見ると、鼻のひしやげた顏で卑しくニタ/\笑つて、垢だらけの首を傾《かし》げる。智惠子は側へ寄つて來た。
『先生《しえんせえ》!』
『お松、お前また此頃學校に來なくなつたね?』と、柔かな物言ひである。
『これ。』と背中の兒を搖《ゆすぶ》つて、相變らずニタ/\と笑つてる。子守をするので學校に出られぬといふのだらう。
『背負《おぶ》つてでも可《い》いからお出なさい。ね、子供の泣く時だけ外に出れば可いんだから。』
お松はそれには答へないで、『先生《しえんせえ》ア今日お菓子喰つてらけな。皆してお茶飮んで……。』
『ホホヽヽ。』と智惠子は笑つた。『何處から見てゐたの?……今日はお客樣が被來《いらし》たから然《さ》うしたの。お前さんの家でもお客さんが行つたらお茶を出すんでせう?』
『出さねえ。』
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