信吾は歸省の翌々日、村の小學校を訪問したのであつた。

      二

 智惠子の泊まつてゐる濱野といふ家は町でもズット北寄りの――と言つても學校からは五六町しかない――寺道の入口の小さい茅葺家がそれである。智惠子が此家の前まで來ると、洗晒しの筒袖を着た小造りの女が、十許りの女の兒を上り框《かまち》に腰掛けさせて髮を結つてやつて居た。
 それと見た智惠子は直ぐ笑顏になつて、溝板を渡りながら、
『只今。』
『先生、今日は少し遲う御座《ごあ》んしたなッす。』
『ハ。』
『小川の信吾さんが、學校にお出で御座《ごあ》んしたらう?』
『え、被來《いらしつ》てよ。』と言つた顏は心持赧かつた。『それに、今日は三十日ですから少し月末の調べ物があつて……。』と何やら辯疏《いひわけ》らしく言ひながら、下駄を脱いで、
『アノ、郵便は來なくて小母《をば》さん?』
『ハ、何にも……然う/\、先刻《さつき》靜子さんがお出でになつて、アノ、兄樣もお歸省《かへり》になつたから先生に遊びに被來《いらしつ》て下さる樣にツて。』
『然う? 今日ですか?』
『否《いゝえ》。』と笑を含んだ。『何日とも被仰《おつしや》らな御
前へ 次へ
全201ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング