夏も初の鮮かな日光が溢れる樣に流れた。先刻《さつき》まで箒を持つて彷徨《さまよ》つてゐた、年老つた小使も何處かに行つて了つて、隅の方には隣家の鷄が三羽、柵を潜つて來てチョコ/\遊び※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐる。
 と、門から突當りの玄關が開《あ》いて、女教師の日向智惠子はパッと明るい中へ出て來た。其拍子に、玄關に隣つた職員室の窓から賑やかな笑聲が洩れた。
 クッキリとした、輪廓の正しい、引緊つた顏を眞正面に西日が照すと切《きれ》のよい眼を眩しさうにした。紺飛白《こんがすり》の單衣に長過ぎる程の紫の袴――それが一歩毎に日に燃えて、靜かな四邊の景色も活きる樣だ。齡は二十一二であらう。少し鳩胸《はとむね》の、肩に程よい圓みがあつて、歩き方がシッカリしてゐる。
 門を出て右へ曲ると、智惠子は些《ちつ》と學校を振返つて見て、『氣障《きざ》な男だ。』と心に言つた。故もない微笑がチラリと口元に漂ふ。
 家々の前の狹い淺い溝には、腐れた水がチョロ/\と流れて、縁に打込んだ杭が朽ちて白い菌が生えた。屋根が低くて廣く見える街路には、西並の家の影が疎《まばら》な鋸の齒の樣に落ちて、處々
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