の走書の粗末ではあるが、書かれてあるのは擬《まが》ひもなく靜子自身の顏ではないか!
 Erste《ルステ》 Eindruck《アインドルック》(第一印象)と、獨逸語で其上に書かれた。それは然し、何の事やら靜子には解らなかつた。
 靜子は、氣がさした樣に、俄かにそれを閉ぢて以前の書《ほん》の間に重ねた。そして、逃げる樣に室を出た。心はそこはかとなく動いて、若々しい皷動が頻りに胸を打つた。
 次の頁にも、その次の頁にも、智惠子の顏の書かれてあることは、靜子は遂に知らなかつた。
 間もなく庭に下駄の音がした。靜子は妙に躊躇《ためら》つた上で、急いで又|離室《はなれ》に來た。一枚殘した雨戸から、丁度吉野が上るところ。
『怎《ど》うも遲くなつちやつて。』
『否《いゝえ》。お歸り遊ばせ。』
 恁《か》う云つたが、男の顏を見る事は出來なかつた。俯向《うつむ》いた顏は仄《ほんの》りと紅かつた。急いで洋燈《ランプ》を明るくする。
『實に濟みませんでした。這※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》に遲くなる積りぢやなかつたんですが……』
『否、貴方。あの、兄
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