それより俺は頭が痛くて爲樣がないから寢かして呉れよ。』
『お先に?』
『歸つたら然う言つて呉れ。そして床を延べて置いてやれ、あゝ醉つた!』
で、靜子は下女に手傳はして、兄を寢せ、座敷を片附けてから、一人|離室《はなれ》に入つた。夜氣が濕《しつと》りと籠つて、人なき室に洋燈が明るく點いてゐる。
一枚だけ殘して雨戸を閉め、散亂《ちらか》つた物を丁寧に片寄せて、寢具も布き、蚊帳も吊つた。不圖靜子は、「智惠子さん許《とこ》へ被行《いらし》たのかしら!」といふ疑ひを起した。「だつて、夜だもの。」「然し。」「豈夫《まさか》。」といふ考へが霎時《しばし》胸に亂れた。
「それにしても奈何《どう》なすつたらう!」靜子は、何がなしに此室に居て見たい樣な氣がした。で、夏座布團を布いた机の前に坐つて、心持|洋燈《ランプ》の火を細くした。
『秋になつたら私が此室《こゝ》にゐる樣にしようか知ら!』
机の上には、書が五六册。不圖其中に、黒い表紙の寫生帳が目に附いた。靜子は何氣なく其れを取つて、或所を披《ひら》いた。
と、靜子の眼は輝いた。顏が染つた。人なき室をキョロ/\と見廻して又それを熱心に見る。――鉛筆
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