『あれ、先生の方から!』と、子供の一人が其螢を見附けたらしく、下から叫んだ。
『あれ! あれ!』
『先生! 先生!』と女兒等は騷ぐ、螢はツイと逸《そ》れて水の上を横ざまに。
『先生! 下へ來て取つて下《くな》ンせ!』と一人が甘えて呼ぶ。
『今行きますよ。』と智惠子は答へた。下からは口を揃へて同じ事を言ふ。
『行つて見ませう!』恁《か》う吉野が言つて欄干から離れた。
『は、參りませう。』
『御迷惑ぢやないんですか貴女《あなた》は?』
『否《いゝえ》』と答へる聲に力が籠つた。『貴方こそ?』

      四

 晝は足を燬《や》く川原の石も、夜露を吸つて心地よく冷えた。處々に咲き亂れた月見草が、闇に仄かに匂うてゐる。その間を縫うて、二人はそこはかとなく小迷《さまよ》うた。
『その感想《かんじ》――孤獨の感想《かんじ》がですね。』と、吉野は平生の興奮した調子で語り續けてゐた。
『大都會の中央《まんなか》の、轟然たる百萬の物音の中にゐて感ずる時と、恁うした靜かな村で感ずる時と、それア違ひますよ。矢張り何ですかね、新しい文明はまだ行き渡つてゐないんで、一歩都會を離れると、世界にはまだ/\ロマ
前へ 次へ
全201ページ中136ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング