で町に出た吉野の歸つた時は、先に歸つた信吾が素知らぬ顏をして、客の誰彼と東京談をしてゐた。無理強ひの盃四つ五つ、それが悉皆《すつかり》體中に循《まは》つて了つて、聞苦しい土辯の川狩の話も興を覺えた。眞紅《まつか》な顏をした吉野は、主人のカッポレを機《しほ》に密乎《こつそり》と離室に逃げ歸つた。
其縁側には、叔母の子供等や妹達を對手に、靜子が何やら低く唱歌を歌つてゐた。
『あゝ、悉皆《すつかり》醉つちやつた。』恁う言つて吉野は縁に立つ。
『御迷惑で御座いましたわね。お苦しいんですか其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》に?』
燈火《あかり》に背《そむ》いた其笑顏が、何がなしに艶に見えた。涼しい夜風が遠慮なく髮を嬲《なぶ》る。庭には植込の繁みの中に螢が光つた。子供達は其方にゆく。
『飮みつけないもんですからね。然し氣持よく醉ひましたよ。』と言ひ乍ら、吉野は庭下駄を穿いた。其實、顏がぽつぽつ[#「ぽつぽつ」に傍点]と熱《ほて》るだけで、格別醉つた樣な心地でもない。
『夜風に當ると可《よ》う御座いますわ。』
『え、些《ち》と歩いて見ませう
前へ
次へ
全201ページ中127ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング